小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」感想
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻 (新潮文庫 む 5-4)
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/04/08
- メディア: ペーパーバック
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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 下巻 (新潮文庫 む 5-5)
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/04/08
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村上春樹作品を読んだのは、「1Q84」「多崎つくる」「海辺のカフカ」に続く4作目。
村上春樹を読んで初めて全面的に面白いと感じたし、読んでいろいろ考えさせられたので感想は必然的に長文になってます。ネタバレもあるので、村上春樹が好きで、この小説を読んだことある人だけ、以下の感想を読んでください。
概要
A面・B面の下記2つの独立したストーリーが交互に進んでいき、だんだん繋がりが明らかになって謎が解決していく、という物語構成。
- A面:舞台は現代日本。科学者に脳を改造された主人公が、自分に何が起こったのかという謎を追う冒険物語「ハードボイルド・ワンダーランド」
- B面:舞台は高い壁に囲まれた街で、一角獣が棲む架空世界。その街に新しくやって来た少年が、世界の成り立ちの謎を追うファンタジー「世界の終り」
「1Q84」「海辺のカフカ」も同じ手法だったけど、全然関係なさそうな2つの世界が徐々に繋がっていくところや、主人公が「世界の終り」に至っていく心境の描写、ラストのどんでん返しなど、僕はこの作品が一番面白いと感じた。
村上春樹作品全般について
僕が考える村上春樹の小説の特徴は以下の3つ。これら3つに共感できる人は彼の小説にハマり、受け付けない人は苦手になるのだと思う。
- 哲学的な名言にあふれた会話・突拍子のない比喩表現が頻繁に出てくる「文体・文章」
- 最後まで読んでも直接的には意味不明なのだけど、いろんな解釈が出来る「示唆的なストーリー」
- 登場人物の会話の中に出てくる「文学・音楽・歴史・哲学に関する教養ネタ」
僕も最初の頃は、上記3つを前面に押し出してくる小説が初めてだったため反発心を覚え、心の中で「こんな面倒くさい喋り方する奴いないよ」とか「謎や伏線が解決してないじゃないか」とツッコミを入れながら読んでたのだけど、4作目になって慣れたからなのか「こういう世界観があってもいいかも」と思えるようになってきた。たぶんそれが、読書力が上がった(読書における許容範囲が広くなったという意味で)ということなんじゃないかなぁと自分なりに解釈している。
A面「ハードボイルド・ワンダーランド」ネタバレ感想
主人公
この話の主人公は、典型的な村上春樹作品主人公。仕事が出来て・理屈っぽく・孤独を好む・でも女性関係には不自由しない30代男性。あまり共感できるタイプではないのだけど、置かれた境遇が緊迫したものなので先が気になり、ハラハラドキドキして読み進めた。
主人公はもともと一貫して、冷静沈着・無感動・自己中心的で周りのことなど興味の無い人間。そんな彼が、人生の終りに近付いてたどり着いた心境の描写が、僕には興味深かった。それまでの無感動な状態が変化して「死にたくない」「時間を無駄にしたくない」と感じ、それまで気に留めなかった些細なことが目に入り、他人の気持ちが気になるようになったのだ。人間は、「死」に直面した時こそ、「豊かな生き方」について真剣に考えさせられ、「世界の美しさ」を感じることができる、ということを表現しているのだと感じた。
世界観
ジャンルとしては、SF+ミステリー+スパイ+アクションアドベンチャー。更には、「エヴァンゲリオン」に代表される「セカイ系」物語(主人公とヒロインを中心とした小さな関係性の問題解決が世界の危機を救う話)の元祖とされることもあるらしい。確かに、少しは影響を与えているかも。
また、一応現代日本が舞台なのだけど、「やみくろ」という地下に棲んで人間を襲う生物(僕は「悪のまっくろくろすけ」のようなものをイメージしました)がいたりして非現実的なところもある。主人公の職業も、情報を暗号化する計算士という架空の職業で、それを盗み出して解読する記号士という敵対集団も登場する。国家間・企業間の情報戦争がコンピュータ化によりどうなっていくかを村上春樹なりに想像して表現したのだろう。
あと、この小説が書かれたのは、インターネットが一般的になる前の1985年。現代のウィルス製作者とアンチウィルスソフトとの間のいたちごっこを予言しているようでもある。
B面「世界の終り」ネタバレ感想
一方、B面はA面とは全然別の登場人物が出てくる、ファンタジーで完全に別世界の話だけど、A面と対照的に事件のあまり起こらない単調なストーリー。その分、一角獣の頭骨の中に記憶されている「古い夢」とか、本体の人間から「影」が切り離されるとかが、何を象徴している事柄なのか、A面の世界とどんな関係があるのか、あれこれ想像させる仕掛けになっている。とは言え、2つのストーリー同士が、伊坂幸太郎の小説みたいに理論的に整合性がとれて繋がって、アハ体験できるとかではない。
では、この小説のメインテーマは何かと言うと、いろいろな比喩的・象徴的な出来事を通して「人間の心とは?自分らしい生き方・幸せな生き方とはどのようなものか?」を考えさせられる示唆的な物語、ということなんじゃないかと感じた、多分。まあ、人それぞれいろんな解釈があるだろうし、僕も「これが著者の言いたいことです」なんて断言できるほど理解できたわけではない。また十年後くらいに読み返したら、新たな発見があるのかもしれない。
あと印象的だったのは、B面のラストで、こっちの世界の主人公がした選択。いろいろな解釈ができるけど、僕は、絶望の中にわずかな救いのある絶妙な結末だと思う。他の選択をしていたらありきたりな物語になってしまう気がするし。そんな風にいろいろ深く考えされられる、でも後味悪くない小説だった。
総括
最近個人で参加した読書会で村上春樹作品がテーマだったので、他の参加者の方が彼の作品のどんなところに魅かれるのかを聴いたのもとても興味深かった。ある方は「独特な文体」に魅かれ、別の方は「自分の未経験の物事に出逢えること」にワクワクするらしい。世間的には賛否両論あるけど、作品の解釈や魅力などを人と語り合いたくなる稀有な現代小説家であることは間違いない。