SF小説「虐殺器官」伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

近未来(たぶん2020年代)、アメリカ軍 特殊暗殺部隊の主人公青年が、途上国で意図的に虐殺・内戦を引き起こす扇動者を暗殺する為に追う、SF&ミリタリー小説。
 
殺人の描写が過激なところと、SFや兵器に関する用語が最初とっつきにくいのが難点だけど、とても深いテーマで考えさせられる小説。
 
たぶん、SFには二種類あって、「非現実な世界観を堪能するエンターテインメント要素の強い小説」と、「未来に起こるかもしれない出来事を通し、現代社会の問題点を考えさせてくれる思考実験的な小説」があるのだと思うけど、この小説は圧倒的に後者。
科学技術・医学が発達しても、現代の価値観・社会ルールのままだと、人類は不幸になってしまうよ、という問題提起をしてくれている。
こういうのを「ディストピア小説」と言うのだろう。
 
僕が感じたこの小説のテーマは、「戦争・内戦・テロ・虐殺は、なぜ完全には無くならないのか?」という命題。
 
主人公は、虐殺扇動者と対峙していく中で、世界は全然平等では無くって、先進国の人達の幸福な生活は、途上国の人達の犠牲の上で成り立っているのだ、という「見て見ぬふり」をしてきたことに気付かされ、自身の仕事(暗殺部隊)の罪悪感にさいなまれて葛藤する。
読者である僕らも、良く考えたら現代社会でも先進国が途上国から搾取する構図は同じ状況なのではないか、という気になってきて、虐殺扇動者の言い分こそが「不都合な真実」なのではないかとも思えて来るようになる。
 
そんな風に、頭の中をグラグラさせられたい人にはおススメ。
フィクションだからと言ってバカにしていられない問題提起がある。
見ない方が、知らない方が、意識しない方が幸せなことなのかもしれないけれど。