SFファンタジー小説「新世界より」感想
- 作者: 貴志祐介
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舞台は、今から1000年後、未来の日本。
現代文明が滅び歴史が途絶えた後、呪術と呼ばれる超能力を使える人々が、のどかな田園風景の村の中で平和に暮らしている世界。
主人公の5人の少年少女が、ハリーポッターっぽい呪術の学校で青春したり、村の外で化け物の戦いに巻き込まれたり。
そして、ひょんなことからこの世界に隠された秘密を知り、最終的には人間や化け物も含んだ大きな戦いに発展していく。
ジャンルとしては、和風ベースのSF+ファンタジー+ミステリー+ホラー。
上中下巻で全1500ページの大作だけど、上巻の中盤あたりで物語に入り込んで以降は、長さを感じず面白く読めた。
小説で感じた魅力は、「緻密な世界観」「物語のルールを守りつつ予想を裏切るストーリー展開」「哲学的な問いかけ」の3点。
1.緻密な世界観
西洋ファンタジー小説だと、指輪物語とかの定番の世界観(地理・歴史・生態系・魔法理論など)があるのだけど、この小説は和風な世界観をゼロから構築したところが先ず凄い。
特に、村の結界の外で生きているグロテスクな生物の描写が無駄にリアルで詳細。
最初はその描写が気持ち悪いのと詳細すぎるのとで、上巻の序盤、読む気力が無くなりそうになった。
でも、上巻の中盤、失われた歴史が明らかになる。
途絶えた数百年の歴史の中で何が起こったのか、なぜその歴史は忘れ去られなければならなかったのか、なぜ1000年前と違う生物が生きているのか、なぜ住民皆が呪力を使えるのか。
謎がいくつも提示されると、どんどん物語に引き込まれた。
特に、1000年前の文明が滅んだ後の奴隷王朝の描写。無駄に残虐でホラーテイストなのだけど、最後まで読むと必要な部分だったかもと思う。
2.物語のルールを守りつつ予想を裏切るストーリー展開
僕の理解では、SF作品の大前提とは、初期設定として読者に公開された世界観、つまり我々が住む現実世界とは異なる「いくつかの嘘」の整合性が、物語の最後まで崩れていないということ。
そして、優れたSF作品とは、主人公が与えられた試練に対し、その世界観のルールに則った形で、しかし読者の予想を裏切る方法で解決していく作品だと思う。
SFファンタジーには、初期設定の世界観作りを頑張りすぎて、ストーリー展開がそれを活かしきれないものもたくさんあるような気がするけど、この小説は高度に両立していると思う。
この小説の世界では、人が人に呪力で危害を加えようとすると脳内的にストッパーが働いて攻撃できない、という絶対的なルールが存在する(お蔭で人間同士の故意の殺人や戦争は起こらない)。
物語の後半、このルールを逆手にとった混乱が起こり、何度も絶望的な状況が訪れるのだけど、物語上のルールは守りつつ、でもその裏をかいた形で主人公は試練を克服しようとする。
読んでいて、何度も裏をかかれるのだけれど、物語の中のルールを破っていないので納得できるし、裏切られるのが気持ち良かった。
3.哲学的な問いかけ
もう一つ、僕が感じる優れたSF作品の要素は、哲学の思考実験的な命題に気付かせてくれて、読後にあれこれ悩ませてくれる作品。
この小説で問われていることとして感じたのは以下の3つ。
・世界の真実の姿を知らないまま平和に暮らすのと、真実を知って苦しみのある世界に飛び込むのと、どちらを選ぶか?(同テーマの別作品「マトリックス」)
・万能の能力を持つことで人類は幸せになれるのか?(同テーマの別作品「デスノート」)
・自分と外見や思想の異なるもの(この小説では人間並みの知能を持つ醜い化け物)に対して、人は仲間意識を持てるか?(同テーマの別作品:「彗星のガルガンティア」)
どれもはっきりとした答えは無いし、考えても仕方のないことかもしれないけど、現実世界の社会問題・国際問題に置き換えて考えることは意義のあることなんじゃないだろうか。
まあでも、そんなことを考えなくても、素直に楽しめるエンターテインメント作品だとは思う。