ノンフィクション「ヤノマミ」感想

ヤノマミ (新潮文庫)

ヤノマミ (新潮文庫)

 

ここ数年、小説・ノンフィクション・ドラマ・漫画・アニメに関わらず、自分の価値観(善悪とか幸せの形とか)を揺さぶられる作品を観ることが楽しいと感じるのだけれど、この本もその一つ。

 

内容

数年前NHKスペシャルで放送された、ブラジルとベネズエラ国境のジャングル奥地に住む原始的な生活を保ち続けている、ヤノマミという民族を密着取材したTVドキュメンタリーを書籍化したもの。

出産後に母親が産んだ子供を森に返すという風習や、文明が徐々に伝わって部族の文化が消えつつある状況を通し、何が正しくて何が間違っているとかの答えが無い問題は世の中にいっぱいあるんだということを教えてくれる。この本によると、「人間が解決できない問題を提示することこそドキュメンタリー」とのこと。

 

感想1:出産の風習について

本の前半は、狩りや畑で自給自足する小さな村の部族の生活の描写で、浮気が奥さんに見つかって追い出される夫とか、駆け落ちに失敗した少女とか、都会にあこがれる若者とか、文化が違っても、人間の本質的なところは僕らの社会と変わらないんだなあと感じさせられる、ほのぼのとした内容。

 

でも中盤以降、我々との絶対的な価値観の違いを思い知らされて衝撃を受ける。それは、彼らが常に死と隣り合わせに生きていることから来る「死生観」の違い。

 

そして、特にTV放映時も問題作として議論の対象となったのが、出産後の風習。彼らの風習では、生まれたばかりの子供はまだ人間ではなく精霊であり、母親が出産後の数時間で、人間として育てるか、精霊として森に返すかを決断する。ここで言う「森に返す」とは、具体的には白アリの巣に赤ん坊を生きたまま入れて白アリに食わせて、最後は巣ごと燃やすという儀式のこと。外の世界では残酷な殺人である。しかし、彼らは何千年もその風習で、生まれすぎた子供を減らす人口調整をしてきたのだ。はっきりとそれが目的だとは誰も言わないけど。

著者ら(TVディレクター)は、その光景を目の当たりにしてショックを受ける。そこでは、外の世界の常識が全く通用しない価値観が存在し、著者たちこそが非常識で異質な存在だったのだ。

 

僕がこれを読んで感じたのは、21世紀の現代でも世界の中にはこれだけ価値観の異なる民族がいて、そちらの世界に行くと善悪の判断が逆転するということを知ることで、自分の今持っている価値観も本当は現代日本の狭い世界でしか通用しないことなんじゃないか、という視点を持つことが出来るのではないかということ。そうすると、これまで培ってきた自分の価値観を変えることは出来ないにしても、異なる価値観を持つ人たちに対する許容範囲を広くすることができるのではないかと思う。

 

感想2:文明について

ヤノマミたち部族の住む地域は、ブラジル政府に先住民保護区に指定されている。彼らに接触できる文明人は、医療団などの限られた者たちだけだが、文明は徐々に伝わりつつあるらしい。最初は言語・薬・ナイフ・下着などから、そして最近ではお金・サッカーボール・ラジカセ・DVDプレイヤーなども手に入れている。文明を一度知ってしまったら、好奇心や欲望を止めることはできないのだ。特に若者たちにとっては。

政府の使節団が、先住民保護区を存続させるかどうか調査しに来た時、文明の臭いのする物や、著者ら取材班をあわてて隠そうとしたというエピソードには、笑ってしまうような物悲しいような、複雑な感情を持ってしまう。

あと数十年以内には、彼らも文明に取り込まれ、今の文化風習も消えていかざるを得ないのだろう。そしてそれは、誰にも止められないし、止める権利など誰にも無いことなのだと思う。