ノンフィクション「昭和16年夏の敗戦」感想

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)

 

毎年8月は、戦争に関する本を読むことにしています。

今年は、昭和16年夏の敗戦 (中公文庫) 猪瀬 直樹 著 を読んだので、その感想。

 

昭和16年日米開戦の年、日本政府が官僚・軍人・民間の若手エリート育成のために創設した「総力戦研究所」という、学校のようなシンクタンクのような組織。

そこでの研究では、仮想内閣ロールプレイによる戦争シミュレーションの結果、開戦前の昭和16年夏の時点で、「もし開戦したら日本必敗」という結論に達していた。にも関わらず現実では、政府はその結果を一顧だにせず無謀な戦争に突入していってしまったという実話をもとに、日本人の意思決定プロセスや組織体質の問題点を指摘した、小説のようなドキュメンタリー本。

 

今の時代にどう活かすか

 敗戦までの経緯をほぼ正しく予想していた総力戦研究所とは対照的に、現実の政府・軍部は、

 

  1. 戦争したら負けると思っていても会議で本音を言えない「空気を読まざるを得ない雰囲気」
  2. 一度獲得した権益(中国進出)と、更なる拡大欲求を途中で捨てることができない「サンクコストへの未練・呪縛」
  3. 組織間で対立しており、お互い協力せず、石油備蓄量などの情報開示すらしようとしないセクショナリズム(縄張り・派閥主義)」

などの日本人の悪い組織体質から、冷静な判断ができず開戦に突き進んでいく。

 

軍部の要請を拒めなかった現実の日本政府の老人達よりも、「総力戦研究所」の方が正確な判断が出来たのは、以下のような点からだろう。

  1. 全員30代の若いメンバーであったこと、実業務でなく所属組織のしがらみも無かったことから、「柔軟な発想」が出来た
  2. 官・軍・民の出身組織の異なるエリート達がお互い刺激し合い、「総合的に何が日本国のために最善か」を考えることが出来た
  3. 各メンバーの所属官庁から正確なデータを持ち出すことができ、「数値に基づいた冷静な状況判断」が出来た

今の時代でも、物事を決めるとき、ベテランだけだと狭い範囲内の議論しか出来ないのに対し、ゼロベースで考えることのできる柔軟な思考の若手や素人の方が良い結論が得られるということもある。

あとがきに書かれた、この著作の最重要テーマは、「detail(細かい事実)を積み重ねれば真実にたどり着く」ということ。我々は、現代日本の課題を扱う上でも、当時の政府の失敗を反面教師にして学ばなければならない。それこそが歴史という学問の最も大事な意義だと思う。

 

その他得られる知識

 

東条英機について

一般的なイメージでは、東条英機と軍部は一貫して開戦派で、東条内閣(=軍事独裁政権)が戦争に反対する政治家や天皇の意見を聞かず開戦に踏み切った、というものだったが、この本によると実際はそんな単純ではなかったということ。

東条英機個人としては、総理大臣になってからは軍部と意見が異なり、開戦を阻止するために動いていたんだけど、当時の大日本帝国憲法上、総理大臣に軍事に対する権限はなかった。東条や誰か特定の個人に戦争責任があったというよりは、組織全体の責任が大きかったのではないか、という著者の主張を強く感じた。

 

エネルギー(石油)の重要性

政府を開戦に踏み切らせたのは、米国からの石油輸出がストップされ日本がその時点の国力を維持することができないと判断し、東南アジアの石油を奪取するしかないと考えたから。そして、戦争後半の勝敗を決めたのは、せっかく占領した東南アジアで獲得した石油も、日本へ海路輸送する途中で船が撃沈されてしまい、日本国内の石油備蓄量が尽きたから。

総力戦研究所は輸送船の撃沈によって石油備蓄量が尽きることを予測していて、日本政府は楽観視していた。このように、戦争の趨勢を決めた大きな要因の一つがエネルギーだった、という視点も目から鱗だった。